大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)14号 判決 1976年11月02日

静岡県清水市万世町一丁目六二番地

原告

長谷川寛一

右訴訟代理人弁護士

佐藤久

大橋昭夫

白井孝一

本杉隆利

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番一〇号

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

伴義聖

鈴木文雄

鈴木孝

右指定代理人

鳥居巻吉

須山米一

杉山昇

篠田学

三谷和久

平松輝治

右当事者間の所得税および相続税更正処分等無効確認請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決された。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八一六、三五〇円およびこれに対する昭和四八年一一月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 1.につき仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 主文同旨。

2. 担保の条件とする仮執行免脱宣言。

第二、当事者の主張

一、 請求の原因

1. 原告は、長谷川海苔店の商号を用いて海苔の販売業を営んでいるものである。

2. 昭和三七年分所得税

(一)  原告は清水税務署長(以下「署長」という。)に対し、昭和三八年三月一四日、昭和三七年分所得税につき、課税所得の金額を八七〇、八五五円に、税額を一一三、九五〇円と申告したところ、署長は、昭和三九年二月二六日付をもつて、課税所得の金額を一九、七〇九、二八七円、税額を九、四二九、〇一〇円に更正するとともに、原告に対し、重加算税二、七九四、五〇〇円を賦課した。

(二)  原告は、右各処分を不服として、署長に対し異議申立てをしたが、棄却されたので、名古屋国税局長(以下「局長」という。)に対し審査請求をしたところ、局長は、昭和四二年八月五日、右更正処分のうち課税所得の金額二、六一二、三〇一円および税額六五二、三〇〇円を超える部分ならびに右重加算税賦課処分を取消す旨の裁決をし、署長は原告に対し、同月二四日、過少申告加算税二六、九〇〇円を賦課した。

3. 相続税

(一)  原告の父長谷川二郎(以下「三郎」という。)は、昭和三六年一一月五日に死亡したが、原告は、相続税につき納税申告をしないでいたところ、署長は、原告に対し、昭和四二年二月一五日付をもつて、右課税価格を一、四三三、八〇〇円、右税額を一七五、五五〇円と決定するとともに、無申告加算税四三、七五〇円を賦課した。

(二)  原告は、右各処分を不服として、署長に対し異議申立てをしたが、棄却されたので、局長に対し審査請求をしたところ、局長は、昭和四三年二月七日、右決定処分のうち課税価格七九二、〇〇〇円および税額四四、五〇〇円を超える部分ならびに右無申告加算税賦課処分のうち税額一一、〇〇〇円を超える部分を取消す旨の裁決をした。

4. 原告は、被告に対し、昭和三七年分所得税について、次のとおり納付をした。

(一)  昭和四三年 二月二九日 本税 五〇、〇〇〇円

(二)  同 年 六月七日 本税 五〇、〇〇〇円

(三)  同 年 七月八日 本税 五〇、〇〇〇円

(四)  同 年 八月六日 本税 五〇、〇〇〇円

(五)  同 年 九月七日 本税 五〇、〇〇〇円

(六)  同 年一〇月二四日 本税 五〇、〇〇〇円

(七)  昭和四四年 九月八日 本税 八〇、〇〇〇円

(八)  同 年一〇月六日 本税 八〇、〇〇〇円

(九)  同 年一二月二九日 本税 七八、〇〇〇円

加算税 一、二〇〇円

(一〇)  昭和四五年 七月六日 加算税 二五、七〇〇円

延滞税 九、六〇〇円

(一一)  同 年 八月六日 延滞税 三〇、〇〇〇円

(一二)  同 年 八月二七日 延滞税 一五六、〇〇〇円

合計 七六〇、八五〇円

5. 原告は被告に対し、相続税について、次のとおり納付をした。

(一)  昭和四八年 八月二七日 本税 三七、〇〇〇円

(二)  同 年一〇月六日 本税 七、五〇〇円

(三)  同 年一一月二四日 加算税 一一、〇〇〇円

合計 五五、五〇〇円

6. しかしながら、昭和三七年分所得税についての更正処分のうち前記2.の(二)の裁決によつて維持された部分および過少申告加算税賦課処分は、次のような重大かつ明白な瑕疵を有するから、当然無効である。

(一)  右裁決によつて維持された同年分の課税所得の金額二、六一二、三〇一円は、同年における原告の期間中商品仕入高を推定して適当に増加し、売上原価に加算したものであるが、これらは何らの調査にもとづかない推計課税である。

(二)  右金額は、原告が小浅商事株式会社(以下「小浅商事」という。)から寄託を受け日本冷蔵株式会社蒲原工場(以下「日冷蒲原」という。)に保管していた乾海苔を原告所得の商品と認定して算出されたものであり、重大な事実誤認にもとづくものである。

(三)  右金額は、前年まで長谷川海苔店を経営してきた三郎の例年の所得金額が八〇万円前後であつたことに比し、甚しく過大である。

7. また、相続税についての決定処分および無申告加算税賦課処分のうちそれぞれ前記3.の(二)の裁決によつて維持された部分も、次のような重大かつ明白な瑕疵を有するから、当然無効である。

(一)  右裁決は、相続税についての決定処分のうち三郎の負債金額を三、五二四、三〇六円と認定した部分を維持しているが、三郎は、右以外に六一五万円の債務を負担していたのである。

すなわち、三郎は、生前角丸証券株式会社(以下「角丸証券」という。)の外務員石井宏の顧客として、角丸証券を通じて株式の信用取引を行つていたところ、折からの株式の暴落のため、六一五万円の損害を受け、右金額を角丸証券に支払うべき債務を負つたが、石井が責任を感じてこれを代位弁済したため、石井に対し、右同額の求償債務を負つていたのである。

原告は、昭和四二年以降、顧問税理士漆畑武を通じて、右事実を署長および局長に申告していたのに、署長および局長は、何ら調査をすることなく、異議申立てを棄却し、裁決においても前記認定部分を維持した。

なお、右求償債権は、三郎の死後石井より角丸証券に譲渡され、原告が角丸証券に対して有していた約九四〇万円の債権と相殺されたため、現在においては消滅している。

(二)  前記裁決は、前記決定処分のうち三郎所有の商品在庫金額を六、七九〇、七六〇円と認定した部分を維持しているが、これは何らの算出根拠のない著しく過大な金額である。

(三)  前記決定処分は、三郎死亡直後に原告が清水税務署に税務相談に赴き、同署の川端事務官から「相続税については申告の必要がない。」との回答を受けていたにもかかわらず、五年余を経過した決定をすることのできる期間の満了直前に突然なされたものである。

しかも、右処分は、昭和三七年分所得税についての更正処分が裁決によつて大幅に取消されようとしている矢先に突然なされたものであり、このことは、同署の担当官が右更正処分の大幅な取消しを快からず思い、原告に対する私怨を晴らすために前記決定処分をしたものであることを推認させる。

8. 被告は4および5に前述した原告の納付行為により合計八一六、三五〇円の利益を受け、原告はこれがために同額の損失を被つたところ、6および7に前述したところからすれば、原告には右金員の納付義務はなかつたものというべきであるから、被告は右金額を不当に利得したものというべきである。

よつて原告は被告に対し、右不当利得金八一六、三五〇円およびこれに対する被告が悪意になつた日の翌日以降であることが明らかな昭和四八年一一月二五日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による利息の支払いを求める。

二、 請求の原因に対する認否

1. 請求の原因1ないし5の事実は認める。

2. 同6について

前文は争う。

(一)  (一)は否認する。

(二)  (二)も否認する。

(三)  (三)は争う。

原告の所得金額と三郎の例年の所得金額とは直接に関係するものではない。

3. 同7について

前文は争う。

(一)  (一)のうち、請求の原因3の(二)の裁決が相続税についての決定処分のうち三郎の負債金額を三、五二四、三〇六円と認定した部分を維持していることは認めるが、その余は否認する。

(二)  (二)のうち、右裁決が右決定処分のうち三郎の商品在庫金額を六、七九〇、七六〇円と認定した部分を維持していることは認めるが、その余は争う。

(三)  (三)のうち、右決定処分が三郎死亡後五年余を経過した時点においてなされたことは認めるが、その余は否認する。

右決定処分は、国税通則法七〇条三項所定の決定をすることのできる期間内になされたものであるから、そのこと自体に何ら違法はない。

右決定処分が遅れた理由は、三郎の昭和三六年分所得税についての再更正処分に際し、三郎の事業用資産の内容を調査したところ、その価額からみて相続税の課税対象となることが判明したためである。

三、 被告の主張

1. 本件各課税処分の形式的確定について

(一)  請求の原因2の(二)の裁決および過少申告加算税賦課処分は、それぞれ裁決書謄本および賦課決定書が昭和四二年八月二四日に原告に送達されているところ、原告は、その後三箇月以内に昭和三七年分所得税についての更正処分に対し取消しの訴えを提起せず、また二箇月以内に右賦課処分に対し異議申立てをしなかつたから、右更正処分および賦課処分は形式的に確定している。

(二)  請求の原因3の(二)の裁決は、裁決書謄本が昭和四三年二月一二日ころ原告に送達されているところ、原告は、その後三箇月以内に相続税についての決定処分および無申告加算税賦課処分に対し取消しの訴えを提起しなかつたから、右各処分は形式的に確定している。

(三)  ところで、このように形式的に確定した課税処分が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵が存することを要し、その明白性に関しては、処分成立の当初から外観上一見明白であるか、または外形上客観的に明白なものでなければならない、とされているところ、請求の原因6および7において原告が主張する無効原因は、右基準に照らしてそもそも重大かつ明白な瑕疵に該当しないものであり、また処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌しても、なお被課税者に右処分による結果を甘受させることが著しく不当と認められるような特段の事情も存しないから、主張自体失当というべきである。

2. 昭和三七年分所得税について

(一)  更正処分の計算根拠

署長は、原告の昭和三七年分所得税について調査したところ、原告の提出した青色申告決算書に計上されている仕入金額二三、七九〇、二六四円のほかに簿外の仕入が二、〇二四万円ほどあることが原告の仕入先について調査した結果確認され、さらに、原告の取引銀行である第一銀行(現在は第一勧業銀行と改称されている。)清水支店の須田義一名義の普通預金口座に原告の営業上の資金とみられる金額が預け入れられており、かつ須田義一なる者は実在しないと判断されたところから、右普通預金は原告の仮名預金であり、右普通領金口座に預け入れられた額は前記の簿外仕入に対応する売上金額であると認定した。

そこで、原告の申告にかかる収入金額に、当該年中に右普通預金口座に預け入れられた金額の合計額(入金理由の明らかなものは除いた。)約三、八六〇万円を加算し、前記簿外仕入高を仕入金額に加算して、原告の当該年分の所得金額を計算して更正処分をなしたものである。

(二)  裁決において減額した根拠及び理由

局長は、原告の右更正処分にかかる審査請求にもとづいて審理したところ、更正処分にかかる簿外仕入額については一部計算上の誤りがあるほかその認定は妥当であるが、署長が原告の仮名預金であると認定した須田義一名義の普通預金は、署長の認定のとおりと認められなくはないが、その全額を収入金額に加算して計算すると差益率(収入金額から売上原価を控除した額を差益金額といい、差益金額を収入金額で除した割合を差益率という。)が他の年分に比して異状に高率となつて不合理であると判断し、右預金の預入額には関係なく、原告の右簿外仕入額の一部の計算上の誤りを訂正し、これに妥当と思われる差益率を適用して収入金額を算定して所得金額を計算し、更正処分を一部取消したものである。

(三)  なお、本件所得税の更正処分等の基礎となつた確定申告書および諸決議書等の資料は、名古屋国税局および管内税務署における簿書等の保存期間が五年であるところから、昭和四五年六月ころ廃棄されており、現存しない。

しかしながら、局長が審査請求に対し裁決をするに当つて名古屋国税局協議団静岡支部所属の協議官に調査をさせた際に担当協議官が審理の参考資料として原処分の資料の一部を抜粋したいわゆる審理メモが現存するので、右メモにより現時点で明らかにしうる本件所得税の更正処分および裁決における所得金額計算の内訳を示すと、別表1のとおりである。

3. 相続税について

(一)  決定処分の計算根拠

署長は被相続人三郎の遺産について調査し、土地、建物のほか、三郎の所得税の青色申告記帳額および前記所得税調査によつて確認した相続開始日(昭和三六年一一月五日)現在の財産および債務の額を基礎として相続税を計算して決定処分をしたものである。

右相続税の計算の基礎とした相続財産の中には、前記所得税調査によつて被相続人の仮名預金であると判断した第一銀行清水支店の須田義一名義の普通預金の相続開始日現在の預金残高七、六九三、四九二円を算入したが、原告の主張する六一五万円の負債については、署長の調査したところによると、その債務が相続開始現在においては存在しなかつたので負債額には算入しなかつたものである。

(二)  裁決により減額された根拠及び理由

局長は、原告の審査請求にもとづいて審理したところ、原処分の負債額の計算については誤りはないが、右須田義一名義の普通預金は、被相続人の仮名預金であると認められなくもないが、そうだとする確実な証拠も少いので、原告に有利に判断して右預金を相続財産から除外するを相当とするとし、裁決により減額された差額はこの預金の除外によるものである。

(三)  なお、2の(三)に前述したところと同旨の理由により本件相続税の決定処分等の基礎となつた資料は現存しないが、前同様の審理メモが現存するので、右メモにより現時点で明らかにしうる本件相続税の決定処分および裁決における三郎にかかる課税価格の総額計算の内訳を示すと、別表2のとおりである。

4. 時効

原告は、本訴において既納の税額八一六、三五〇円の返還を民法上の不当利得返還請求権にもとづいて請求しているが、国税として納付された金員について、それに対応する確定した租税債務が存在しないとしてその返還を求めるのは、国税通則法上の過誤納金の還付請求であり、右の過納税金は、私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の性質を有するものではなく、いわゆる公法上の不当利得たる性質を有し、国税通則法の過誤納金に関する規定は民法上の不当利得の規定の適用を排除する趣旨と解すべきであるから、原告の請求はその適用法条を誤つたものというべきである。

そして、国税通則法七四条一項によれば、過誤納金にかかる国に対する請求権は、その請求をすることができる日から五年間行使しないことによつて、時効により消滅する旨規定されているところ、右「請求をすることのできる日」とは、本件の場合、国税として金員が納付された日であると解されるから、本訴提起の日である昭和四八年一〇月二七日から遡つて五年より前に納付された金員については、その還付請求権が時効により消滅したものというべきである。

したがつて、請求の原因4の(一)ないし(六)記載の納付金合計三〇〇、〇〇〇円についての還付請求権は、時効により消滅しているものというべきである。

四、 被告の主張に対する原告の認否

1. 被告の主張1のうち、(一)および(二)は認めるが、(三)は争う。

2. 同2のうち、別表1記載のような内容の申告、更正および裁決のなされたことは争わないが、更正および裁決の根拠は争い、その基礎資料が保存期間満了により廃棄されたとの主張は否認する。

3. 同3のうち、別表2記載のような内容の決定および裁決のなされたことは争わないが、その根拠は争い、その基礎資料が現存しないとの主張は否認する。

4. 同4は争う。

第三、証拠

一、 原告

1. 甲第一、第二号証

2. 証人石井宏、同柴田敏之、同漆畑武、原告長谷川寛一

3. 乙第二号証の二ないし二八および三一、第六、第七、第一六、第一九号証の各二、第八、第九、第一一号証、第一〇号証の一ないし三の原本の存在および成立ならびに第一二、第一四、第一八号証、第一六号証の三の成立は認めるが、第二号証の一、二九、三〇の原本の存在および成立ならびに第一、第三ないし第五、第一七号証、第六、第七、第一六、第一九号証の各一、第一五号証の一ないし四の成立は不知、第一三号証の成立は否認する。

二、 被告

1. 乙第一号証、第二号証の一ないし三一、第三ないし第五号証、第六、第七号証の各一、二、第八、第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一四号証、第一五号証の一ないし四、第一六号証の一ないし三、第一七、第一八号証、第一九号証の一、二

2. 証人長谷正二、同鈴木文雄(第一、第二回)

3. 甲第一号証のうち、公証人作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、第二号証の成立は認める。

理由

一、請求の原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

二、そして、被告の主張1の(一)および(二)も当事者間に争いがないから、昭和三七年分所得税についての更正処分のうち請求の原因2の(二)の裁決によつて維持された部分および過少申告加算税賦課処分ならびに相続税についての決定処分および無申告加算税賦課処分のうちそれぞれ請求の原因3の(二)の裁決によつて維持された部分(以下「本件各課税処分」と総称する。)は、原則として不可争力を生じたものということができる。

三、原告の本訴請求は、要するに、本件各課税処分が当然無効であることを理由として、原告が、被告に対し本件各課税処分を原因として納付した金員の返還を求めるものである。

従つて、これに適用さるべき法条が民法上の不当利得の規定であるにせよ、国税通則法上の過誤納金の還付に関する規定であるにせよ、およそ本訴請求が理由のあるものとなるためには、本件各課税処分が当然無効であることが認められなければならない。

そこで、以下、本件各課税処分が当然無効であるための要件を検討する。

国税の課税処分は、課税庁が、国税に関する法律の規定により納税義務があると認めたすべての者に対し、一定の期間内に、国税に関する法律の定めた手続により、その納付すべき税額を確定し、その納付を命ずる処分であるから、課税庁が国税の課税処分を行うに際しては、通常、不特定多数の事例について、比較的短期間に、限られた人員および費用をもつて、課税要件に該当する事実に関する調査を遂げ、その結果にもとづいて税額を確定する手続をとらなければならず、またそうすることによつてはじめて、徴税行政の迅速な運営と徴税経済の要請に答えることができるものというべきである。

しかしながら他方、国税の課税処分は、被課税者の側からみれば、多くの場合、形式的・外形的な事実についての調査のみにもとづいて、公権力の主体である国から一方的に一定の財産上の給付を義務づけられることにほかならないから、課税処分を受けた者に対しては、事後的にもせよ、課税庁のなした調査の過程においては十分に行いえなかつた反論や反証の提出を行うための機会を与えなければならないものと解するのが、公平の原則に合致する。

国税通則法が、国税に関する法律にもとづく処分に不服がある者に対し、処分庁に対する異議申立てのほかに審査庁に対する審査請求の途を広く開放し、特に後者については相当に整備された審理手続を定めているのは、被課税者に右の意味における反論や反証の提出の機会を与え、その権利・利益の簡易・迅速な救済を図ることを主眼とし、併せて税務行政手続の内部において課税処分の違法・不当を発見・是正する体制を整え、徴税行政の適法・妥当な運営を図ろうとした趣旨であると解される。

しかしながら、国税に関する法律にもとづく処分に不服があるものは、行政事件訴訟法にもとづき、その取消しの訴えを提起することもできるのであるから、司法上の裁判手続による救済と行政上の不服申立て手続による救済との間には、その機能面からみて、何らかの分担がなされなければならない。

国税通則法が、国税に関する法律にもとづく処分で行政上の不服申立てをすることのできるものの取消しの訴えを提起しようとする者に対し、原則として、経由可能な行政上の不服申立て手続をすべて経由すべきことを要求しているのは、前述した課税処分の大量的性質を考慮し、その違法・不当の是正を第一次的に税務行政手続内部の是正機能に委ね、もつて司法裁判所の負担を軽減するとともに、右機能によつてもなお是正されなかつた違法を第二次的に正式な訴訟手続により是正せしめることとし、もつて被課税者の権利・利益の正式な裁判手続による救済の途を開き、行政の適法性に関する最終的な判断権限を司法裁判所に留保したものと考えられる。

そして、課税処分に対して法定の期間内に行政上の不服申立てがなされず、または行政上の不服申立てに対する判断が示された後法定の期間内に課税処分の取消しの訴えが提起されなかつたときは、被課税者が当該処分に対し行政上または司法上の是正機能の発動を求めなかつたものとして、当該処分に不可争的効果を付与し、もはや当該処分の取消しの訴えを提起しえないものとすることにより、課税処分を早期に安定させるのが、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請に答えるゆえんであると解される。

以上のようにみてくると、一旦不可争力を生じた課税処分が当然無効であるというためには、原則として、当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存することを要し、ここに瑕疵が重大であるとは、課税要件事実の重要な部分に誤認があることを意味し、またそれが明白であるとは、課税処分成立の当初から、誤認であることが外形上、客観的に明白であることを意味するものと解すべきである。

そして、前述の基準は、課税処分の効力をめぐる訴訟における立証責任の面にも当然反映されなければならないと解されるから、課税処分が形式的に確定し、不可争力を生じた場合においては、右処分が当然無効であることを主張する当事者に、その無効原因、すなわち、当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存することにつき立証責任があるものと解するのが相当である。

そこで、以上の見地に立つて、原告の主張する本件各課税処分の違法原因およびその違法の重大明白性につき、以上の検討を加えることとする。

四、昭和三七年分所得税について

1. 原告は、請求の原因6の(一)において、請求の原因2の(二)の裁決によつて維持された昭和三七年分の課税所得の金額二、六一二、三〇一円は、同年における原告の期中商品仕入高を推定して適当に増加し、売上原価に加算したものであり、何らの調査にもとづかない推計課税である、と主張し、被告は、右金額は、原告の提出した青色申告決算書に計上されている期中商品仕入高二三、七九〇、二六四円のほかに簿外の仕入高が一九、一六八、七一五円あることが原告の仕入先について調査した結果確認されたので、これに妥当と思われる差益率を適用して収入金額を算定して所得金額を計算したものである、と主張する。

そして、別表1によれば、局長は、前記裁決において、収入金額を五四、三四八、三三三円と算定し、差益金額を五、〇六五、二六四円と算定していることが明らかであるから、局長が適用した差益率は九・三二パーセントであるところ、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は、昭和三七年分の所得税について、

(一)  売上(収入)金額 三三、八三七、〇五二円

(二)  販売原価 三〇、一一四、三五四円

(三)  差引金額 三、七二二、六九八円

とする青色申告決算書を署長に提出していることが認められ、右(一)により右(三)を除すると、申告書類から計算される原告の同年分の差益率は、一一・〇〇パーセントとなるから、局長の適用した前記差益率はおおむね妥当なものであつた、ということができる。

しかしながら、前記簿外仕入高の認定根拠については、被告は、その資料である簿書等が保存期間の満了により廃棄されているため現在これを明らかにすることができない、と主張するのみで、それ以上の具体的な主張・立証をしていない。

他方、原告の前記主張もはなはだ具体性に乏しく、しかもこれを認めるに足る的確な証拠もない。

してみると、ここには、三に前述した立証責任の原則が働かざるをえないものというべきであるから、結局、原告の前記主張は失当であるといわなければならない。

2. 次に原告は、請求の原因6の(二)において、前記課税所得の金額は、原告が小浅商事から寄託を受け日冷蒲原に保管していた乾海苔を原告所有の商品と認定して算出されたものである、と主張し、被告は右主張を否認する。

ところで、証人柴田敏之の証言によれば、愛知県東海市に本社を置き、乾海苔の卸売業を営む小浅商事は、従来から長谷川海苔店を得意先の一つとして同店に乾海苔を販売していたが、昭和三一、二年ころから、日冷蒲原を含む静岡県内の三箇所の冷蔵倉庫に寄託していた乾海苔の入出庫の管理を同店に委託し、同店は、これを承諾して、小浅商事の指示にもとづいて右乾海苔の入出庫を行うとともに、小浅商事に代つて倉庫保管料を支払い、後日小浅商事から右保管料相当額の送金を受けて清算を行つていたこと、右の委託関係は昭和四〇年ころまで継続したが、その最盛期である昭和三六、七年ころには、一箱三万五、〇〇〇円ないし四万円の乾海苔が平均約四、五千箱ほど前記冷蔵倉庫に保管されて長谷川海苔店の管理下にあつたことの各事実が認められる。

そして、原告本人尋問の結果によれば、清水税務署の係官が昭和三八年八月ころ長谷川海苔店を訪れ、昭和三七年分所得税に関する調査のため日冷蒲原に寄託されている在庫商品を見分したい旨申出ていることが認められ、以上によれば、署長および局長は、昭和三七年分所得税についての更正処分および請求の原因2の(二)の裁決をした時点において、原告と何らかの関連を有する乾海苔が日冷蒲原に寄託されていたことを知つていたものと推認するのが合理的である。

してみると、前記簿外仕入高の算出が、署長および局長において、原告が小浅商事のために日冷蒲原に保管していた乾海苔を原告所有の商品と認定した結果なされたものである可能性を完全に否定することはできないものというべきである。

しかしながら、右可能性は、次の二点に照らすと、ほぼ無視しうるほどに小さいものということができる。

第一に、別表1によれば、署長および局長は、前記更正処分および裁決において、原告の期首商品在庫高および期末商品在庫高をいずれも原告の申告どおりと認定し、期中商品仕入高のみを増額しているが、日冷蒲原に寄託された乾海苔を原告所有の商品と認定したのであれば、当然期首および期末の各商品在庫高も増額さるべきであるのに、これがなされていない。

第二に、原告の供述によれば、昭和三七年当時長谷川海苔店の倉庫にはたかだか四、五百万円程度の乾海苔しか在庫していなかつた、とのことであるが、前掲甲第二号証によれば、原告は同年の期中商品仕入高を二、三七九万円余と申告しているのであり、以上によれば、同年における原告の商品在庫回転率(期中商品仕入高を在庫高で除したもの)は、少なくとも四ないし五となるところ、原告の供述によれば、前記委託関係が最盛期を過ぎた昭和三八年八月当時においても、日冷蒲原には長谷川海苔店の管理下に約二千箱、金額にして六、〇〇〇万円以上の乾海苔が在庫していた、というのであるから、前述のとおり小浅商事との間の委託関係が最盛期にあつた昭和三七年当時においては、少なくとも右同額の乾海苔が日冷蒲原に寄託されていたものと考えられるが、署長および局長がそのすべてを原告主張のように原告所有の商品であると認定したとすると、前記原告の商品在庫回転率からして、原告の期中商品仕入高は二、三億円程度増額されて然るべきであるのに、別表1によれば、実際には約二千万円しか増額されていない。

以上のようにみてくると、署長および局長が日冷蒲原に寄託されていた乾海苔を原告所有の商品と認定したものとは認めがたいから、結局、原告の前記主張も失当であるといわなければならない。

3. 最後に原告は、請求の原因6の(三)において、前記課税所得の金額二、六一二、三〇一円は、三郎の例年の所得金額八〇万円前後に比して著しく過大である、と主張する。

前掲甲第二号証、証人漆畑武の証言および原告本人尋問の結果を総合すると、税理士の漆畑武は、昭和三四年ころから、三郎の依頼を受けて三郎の所得税について申告書の作成を毎年行い、三郎の死亡後は、原告の依頼を受けて原告の所得税について申告書の作成を毎年行つてきたが、三郎の昭和三五年分の所得税についての申告書を作成するに際しては、課税所得の金額を五〇ないし一〇〇万円の範囲内で算出し、原告の昭和三七年分所得税の申告書を作成するに際しても、これを八七万円余と算出していたこと、原告は三郎死亡後長谷川海苔店の営業を三郎から承継したが、同店の営業規模はその前後を通じてほぼ同一(店舗一棟を構え、店主一名の下にその家族五、六名が従業員として稼働するもの)であつたことが認められ、以上によれば、前記二六一万円余の金額は、三郎および原告の従前の申告にかかる課税所得の金額に比して相当に高額であるということができる。

しかしながら、原告が昭和四三年二月二九日から昭和四五年八月二七日までの間前後一二回にわたり昭和三七年分所得税について本税および加算税等を納付したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一八号証によれば、原告は、昭和四六年二月二二日、署長に対し、「嘆願書」と題する書面を提出し、その中で、昭和三七年分所得税についての更正処分のうち裁決によつて維持された部分については納得した旨申述していることが認められるから、少なくとも右時点において、原告は、同年分の所得税に関しては、その最終的な行政処分に対し訴えを提起するに足るほどの不満を有していなかつたものということができ、また前記二六一万円余の金額と三郎の従前の申告にかかる課税所得の金額との間に差異も、更正処分において認定された一、九七〇万円余と原告の申告にかかる八七万円余との間の差異に比べればはるかに小さく、それ自体として著しく不合理なものということはできないうえ、長谷川海苔店の経営者が三郎から原告に変つたこと、昭和三五年と昭和三七年との間には若干の貨幣価値の変動があること、そして何よりも、申告される課税所得の金額が必ずしも実際の課税所得の金額と一致せず、前者が後者をある程度下回るのが通常であることなどの要因によつて、相当程度合理的に説明しうるものと考えられるから、結局、右程度の差異の存在は、前記更正処分のうち裁決によつて維持された部分を当然無効ならしめるほどの重大かつ明白な瑕疵には該当しないものというべきである。

よつて、原告の前記主張も失当である。

4. 以上のとおり、昭和三七年分所得税についての更正処分のうち請求の原因2の(二)の裁決によつて維持された部分は当然無効ということができないから、国税通則法六五条一項により、右部分に対応する所得税額六五二、三〇〇円から申告にかかる所得税額一一三、九五〇円を控除した更正により納付すべき税額五三八、三五〇円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額二六、九〇〇円に相当する過少申告加算税を賦課した処分も当然無効ということはできない。

五、相続税について

1. 原告は請求の原因7の(一)において、三郎は、生前角丸証券の外務員石井宏に対して六一五万円の債務を負担していたところ、原告は、昭和四二年以降、右事実を署長および局長に申告していたのに、署長および局長は、異議申立てについての決定および審査請求についての裁決において、右事実を顧慮しなかつた旨主張し、被告は右主張を否認する。

ところで原告は、右債務負担の証拠として、証人石井宏の証言を援用し、公証人作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については同証言によつて成立の認められる甲第一号証を提出しているが、同号証は、昭和四五年一月一九日の確定日附のある昭和四四年一〇月五日付の「覚え書」と題する書面であり、その末尾には、当事者として石井宏および原告が、立会人として鈴木博勝がそれぞれ署名捺印しているところ、その内容は、石井が角丸証券の外務員をしていた昭和三五、六年当時、三郎は、石井の顧客として角丸証券において株式の信用取引をしていたが、折から株価の下落により六一五万円の損失を受け、角丸証券に右同額の追加保証金を預託しなければならなくなつたところ、石井が代わつてこれを納付したため、石井に対し右同額の求償債務を負うに至つたが、これを弁済しないままに死亡したので、その代表相続人である原告が、石井より右経過の説明を受けて右債務の存在を確認し、原告の株式売買により差益金が生じたときはこれをもつてその弁済に充て、差益金が生じなかつたときは毎年一〇〇万円宛割賦弁済する旨約したというものであり、証人石井宏も、主尋問に対して、これに沿うような供述をしている。

しかしながら、同証人の供述は、全体としてはなはだ具体性に乏しく、右金額の算出根拠について、主尋問に対しては、三郎の死亡当時における各取引口座等を調べて算出した旨供述しながら、反対尋問に対しては、原告が右金額を記載した「覚え書」を持参してきたので、一読し、これでよいと思つて署名捺印した旨供述するなど、重要な部分に齟齬が見受けられる。

さらに、同証人は、自己の不正行為により生じた角丸証券に対する求償債務の弁済に充てるため、三郎死亡後「覚え書」作成前に右債権を角丸証券に譲渡したようなことになつた旨供述し、原告も、本人尋問に対して、右債権を自己の角丸証券に対する九〇〇万円以上の債権と相殺し、残額として三二五万円を角丸証券から受領した旨供述しているが、証人鈴木文雄の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第一六号証の一によれば、昭和四一年当時角丸証券の検査室に勤務し、石井の不正行為を調査し、これによつて顧客に生じた損害の填補の任に当つていた冨田光雄は、角丸証券が石井より右債権の譲渡を受け、これをもつて原告が角丸証券に対して有じていた債権と相殺した事実は全くない旨国税訟務官に対して供述していることが認められ、右事実に照らすと、前記石井の証言および原告の供述はにわかに措信しがたい。

また、証人石井は、裁判官の補充尋問に対して、「覚え書」を作成するについては、原告から電話で税務署に提出するため証明してもらいたい書類がある旨の連絡を受けたので、原告方に赴いたところ、「覚え書」の文面が用意されていたので署名押印した、と供述しており、原本の存在および成立に争いのない乙第八、第九号証によれば、石井は、前記不正行為により詐欺、業務上横領罪として公訴を提起され、昭和四一年一一月九日、第一審において有罪判決を受けているが、右刑事訴訟において原告は石井の情状証人として出廷し、石井に有利な証言を行つていることが認められ、以上によれば、石井が「覚え書」に署名捺印したのは、多分に右刑事訴訟における原告の証言に対する恩義から出たものと推認され、これに加えて、証人石井が「覚え書」作成の前後を通じて右六一五万円の債務の履行を原告に対して請求したことはない旨供述していることを併せ考えると、石井は、原告に依頼されるままに、右債務の存在についての「覚え書」に署名し、当裁判所においてこれに沿う証言を行つているのではないか、との疑問を抱かざるをえない。

なお、原告は、昭和四二年以降漆畑税理士を通じて右債務の存在を署長および局長に申告していた旨主張するけれども、原本の存在および成立に争いのない乙第二号証の三ないし二八および三一によれば、原告を含む三郎の相続人は、いずれも署長から相続税についての決定処分および無申告加算税賦課処分を受けたため、漆畑税理士に依頼して、署長および局長に対し異議申立ておよび審査請求を行つているところ、その各作成名義にかかる異義申立書、同補正命令についての回答書、審査請求のいずれにおいても、右債務の存在について何ら具体的な主張をしておらず、僅かに原告がその作成名義にかかる異議申立補正命令についての回答書において、三郎の借入金債務を相続したものとして第一銀行清水支店からの二〇万円の借入金債務の存在を主張しているにとどまることが認められ、これに加えて、前記「覚え書」の確定日附が昭和四五年一月一九日であることを併せ考えると、原告が相続税についての異議申立ておよび審査請求の過程において右六一五万円の債務の存在を署長および局長に申告していたものとは認めがたく、かえつて、証人鈴木文雄の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第三ないし第五号証によれば、原告は、相続税についての調査、異議申立ておよび審査請求の各段階において、右債務の存在のみならず、三郎および原告自身が株式の信用取引を行つていたことすら申述していなかつたことが窺われ、以上の事実と成立に争いのない乙第一八号証とを総合すると、原告が右債務の存在を税務当局に対して主張したのは、前記「覚え書」の作成日付のころである昭和四四年一〇月ころに名古屋国税局の内橋国税徴収官に申出たのが最初であると認めるのが相当である。

してみると、前記異議申立てに対する決定および前記審査請求に対する裁決において署長および局長が右債務の存在を顧慮しなかつたとしても、右のような事情に照らせば、多分に無理からぬところであつたということができる。

以上のとおり、三郎が石井宏に対して六一五万円の債務を負つていたとの原告の主張は、はなはだ疑わしいものであり、仮にそのような債務が存在したとしても、これを顧慮しなかつた署長および局長の措置が、その当初から、外形上、客観的に明白な誤認であつたものということはできないから、原告の前記主張は失当であるといわなければならない。

2. 次に原告は、請求の原因7の(二)において、請求の原因3の(二)の裁決によつて維持された三郎所有の商品在庫金額六、七九〇、七六〇円は、何らの算出根拠のない著しく過大な金額である、と主張する。

そして、原告は、本人尋問において、長谷川海苔店の敷地内にある倉庫は平家建の一五坪の建物一棟のみであり、その中には、縦一五〇センチメートル、横六〇センチメートル、高さ九七センチメートル大の乾海苔の箱が八十数箱しか入らず、しかも三郎死亡当時乾海苔の価格は一箱二、三万円程度であつたから、三郎所有の商品在庫が六〇〇万円を超えることはありえない旨供述している。

しかしながら、乾海苔の卸売業者である小浅商事の従業員である証人柴田敏之は、乾海苔の箱の大きさは縦一メートル、横六〇センチメートル、高さ六〇センチメートルくらいであり、その価格は昭和三六、七年当時一箱三万五、〇〇〇円ないし四万円であつた旨供述しており、右供述に照らすと、原告の前記供述は、箱の大きさをやや過大に、一箱の価格をやや過少に述べたものと考えられ、これをそのまま措信することはできない。

さらに、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は、漆畑税理士に作成を依頼した昭和三七年分所得税青色申告決算書において、期首商品たな卸高を七、一六七、二四〇円と記載して同年分の所得税についての申告を行つていることが認められ、このことは、原告自身が、長谷川海苔店の昭和三七年一月一日現在の商品在庫金額を七〇〇万円以上と算定していた趣旨と解されるから、原告の前記供述はこの点からみても措信しがたい。

もつとも、証人柴田敏之の証言によれば、乾海苔の在庫高には季節変動があり、通常、四、五月が最も多く、一〇月が最も少なくなること、一一月は新海苔が市場に出回る直前の時期に当り、一二月ころから在庫が増え始め、一月には生産量も多くなるので在庫高もかなり多くなることの各事実が認められ、右事実に照らすと、前記裁決によつて維持された金額は、昭和三六年一一月五日当時の長谷川海苔店の商品在庫高としては、やや多いのではないかとの感を免れないが、右金額がそれ自体として現実の在庫高を著しく上回る過大な金額であると判断するに足る根拠は、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

してみると、署長および局長が三郎所有の商品在庫金額を六、七九〇、七六〇円と認定したことは、相続税についての決定処分のうち裁決によつて維持された部分を当然無効ならしめるほどの重大かつ明白な瑕疵には該当しないものというべきであるから、原告の前記主張も失当である。

3. 最後に原告は、請求の原因7の(三)において、相続税についての決定処分は、三郎死亡直後に原告が清水税務署に税務相談に赴き、同署の川端事務官から相続税については申告の必要がない旨回答を受けていたにもかかわらず、五年余を経過した時期に突然なされたものであり、しかも右処分は、昭和三七年分所得税についての更正処分が裁決によつて大幅に取消されようとしている矢先に突然なされたものであり、同署の担当官が原告に対する私怨を晴らすために行つたものと推認される、と主張する。

ところで、租税法は多数の納税者に対して公平かつ普遍的に課税することを目的とするものであり、画一的にこれを適用執行することを要するものであるから、課税庁または納税者の一方の意思によつてはもちろん、両者の合意によつてもその適用を左右することは許されず、租税は常に租税法の定めるところに従い、一律に、客観的かつ公正に課されなければならないことは、いうまでもない。

しかしながら、租税法の分野においても、あらゆる法の分野に普遍的に妥当する信義誠実の原則は排除されないものと解されるから、納税者が課税庁の表示を信頼して行動することが一般的見地から無理からぬことと考えられる事情がある場合に、納税者が右表示を信頼して一定の行動をとつたところ、後になつて課税庁が右表示に牴触する処分をし、これがために納税者が不測の損害を蒙るような場合においては、信義則上納税者の右信頼は保護されなければならないものと考えられ、従つて右表示に牴触する課税庁の処分は違法となるものと解される。

本件において原告は、清水税務署の川端事務官から相続税については申告不要との回答を受けていた旨強く主張しており、右事実が認められ、かつ原告が右回答を信頼して相続税についての申告をしなかつたものとすれば、原告の右行動が一般的見地から無理からぬことと考えられる事情がある限り、その後五年余を経過して署長が原告に対し相続税についての決定処分および無申告加算税賦課処分をしたことは、原告に不測の損害を与えるものとして、違法となるものというべきである。

そして、前掲乙第二号証の三および三一によれば、原告は、相続税についての異議申立ておよび審査請求の過程において、当初から一貫して、三郎死亡後昭和三七年三月の確定申告に際し相続財産の内容を開示して税務相談を受けたところ、相続税額が算出されないから申告をする必要がないとの回答を受けたので、申告をしなかつた旨主張していることが認められ、また原告は、本人尋問に対しても、昭和三六年一二月か昭和三七年一月ころ所得税についての青色申告に関する税務相談のため同署に赴き、その際同署の川端事務官に三郎の死亡による相続税についてどうすればよいか尋ねたところ、同事務官から昭和三六年度の青色申告が従前三郎が行つていた青色申告と大差のないものであれば、相続税については申告の必要がない旨の回答を受けた、と供述しており、以上によれば、原告は、三郎の死亡後まもなく、相続税について同署の係官との間に何らかの問答をし、その結果、署長が相続税について課税処分をすることはないものと判断したものと認められる。

しかしながら他方、証人長谷正二の証言によつて成立の認められる乙第一〇号証によれば、昭和三六年七月から昭和四〇年七月まで同署に勤務していた事務官川端喜明は、右期間当時所得税課第二係に所属し、営庶業の所得税調査を担当していたが、相続税に関する事務の経験を有しなかつたこと、当時の同署における相続税の担当係は同課資産税係であつたことの各事実が認められ、また同事務官は、昭和三七年五月ころ、昭和三六年分所得税についての青色申告決算書の内容につき誤りを訂正させるため原告に来署を求めたところ、原告が漆畑会計事務所の森事務員とともに出頭し、右誤りを訂正して修正申告書を提出したことがあり、その際原告または森から三郎が昭和三六年に死亡したことは聞いたが、原告から相続税について問合わせや相談を受けたことはなく、担当係である資産税係に案内したこともない旨国税訟務官に対し供述していることも認められ、以上によれば、原告の前記供述をそのまま措信することはできないものというべきである。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は、川端事務官が所得税の担当係であり、相続税の担当係が資産税係であることを知つていたことが窺われるから、仮に、原告が同事務官との面談において、同事務官から相続税について何らかの示唆的な言辞を聞いたとしても、右言辞を相続税に関する同署の指導ないし権威ある回答として受取つたとすれば、いささか軽率といわざるをえず、これを信頼して相続税についての申告をしなかつたとしても、原告の右行動を一般的見地から無理からぬことと考えることはできない。

以上のようにみてくると、前記各処分が信義則に違反し違法であると断定することはできないから、この点に関する原告の主張は失当というべきである。

また鈴木文雄の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第三、第四号証によれば、前記各処分が三郎の死亡後五年余を経てなされた理由は、三郎の事業用資産の内容が三郎および原告の昭和三六年分所得税について再更正処分をするための調査の過程においてはじめて明らかになり、これが相続税の課税対象になるのではないか、と考えられたため、相続税に関する調査が遅れて開始されたことにあるものと認められ、同署の担当官が昭和三七年分所得税についての更正処分の大幅な取消しを快からず思つて相続税についての決定処分をしたものと認めるに足る証拠はないから、この点に関する原告の主張も失当である。

4. 以上のとおり、相続税についての決定処分のうち請求の原因3の(二)の裁決によつて維持された部分は当然無効ということができないから、無申告加算税賦課処分のうち、国税通則法附則二条、昭和三七年法律第六七条による改正前の相続税法五三条二項により、右部分に対応する相続税額四四、五〇〇円に一〇〇分の二五の割合を乗じて計算した金額一一、〇〇〇円に相当する無申告加算税を賦課した部分も当然無効ということはできない。

六、結論

以上のとおり、本件各課税処分が当然無効であるとの原告の主張はすべて失当であるから、これを前提として本件各課税処分を原因とする既納税金の返還を求める原告の請求もすべて失当である。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松岡登 裁判官 人見泰硯 裁判官 渡辺壮)

1 昭和三七年分所得金額計算の内訳

<省略>

2被相続人三郎にかかる相続税課税価格の総額計算の内訳

<省略>

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例